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商品のスーパー・サイクルはどっこい生きている
「08年後半の急激な値下がりで投資家はコモディティ・スーパー・サイクルという概念と商品というアセットへ投資する理論的根拠に疑念を抱いている」
英紙ファイナンシャル・タイムス(FT、24日付)市場と投資面にあるクリス・ワトリングのインサイト(洞察〉なるコラムの書き出し部分である。
「事実、今年の15%に及ぶ商品の上昇は投資の買い戻しと中国の備蓄など一時的要因に帰する。だが、08年の40%近い下落は世紀に一度の商品のブル・マーケット(強い市場)の健全な調整とみるべきである。事実、商品が良好な運用成績を何年かにわたって示し続けることができる三つの理由がある」
筆者のワトリング氏はロングビュー・エコノミックスのチーフ・エグゼクティブ。文字通り長期的視点から「どっこい、商品のスーパー・サイクルは生きている」を論じている。
三つの理由のうち二つはこの3〜5月の商品相場急上昇局面で強気の論拠となっている。
ひとつは中国を中心とする途上国(EM)経済の根強さ。グローバル経済の構造的強さはEM経済にあるとしている。「1997〜2001年のEM危機を克服する過程で借金を返済、貯蓄を増やし、準備資産を厚くした。その結果、刺激策の実行力もあり、きたる10年の間世界経済の索引力となりうる」
工業化途上にあるEMは2020年まで、その経済成長速度は早く、しかも商品集約的存在であり続ける、と説く。
理由のその二は米FEDによる通貨供給の拡大。米国経済の構造的弱さと回復テンポの弱々しさを考え合わせると、金融緩和策の解除は遅きに失するものとなろう、と説く。「我々の過去150年の量的緩和の歴史分析では結局高インフレに帰着する。商品は実物資産として、価値の貯蔵手段であり、結果として自然インフレヘッジに働く」
第三の理由。商品のスーパー・サイクルでは上昇局面の途上で一服局面が生じるのは常である、と指摘する。「前回のスーパー・サイクル(1968〜1980年)では1974年半ばから1975年末までに約25%の修正安をみせた。同様に1932年〜1951年のスーパー・サイクルの前半1937年には40%方の下落を演じている。この二回のサイクル途上の修正安は08年の下落と同様、世界景気後退と歩調を合わせている」
「1700年代中期以降、ブルマーケット・サイクルは平均20.7年、平均的累積収益は293%に達している(1788〜1814年は135%、1932〜1951年は689%)。
で、今回はどうか。
「サイクルの起点は01年で8年経過、今日までの累積収益は76%。過去の歴史にならえば、数年に及ぶかなりの上昇が期待できる」
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ワトリング氏の前記のコラムはセキュラー(secuiar)プル・マーケットという表現が出てくる。セキュラーを世紀に一度のと訳してみたが、長年月(にわたる)という訳語がふさわしいのかもしれない。
記事にある前回のコモディティ・スーパー・サイク(1968〜1980年)には記者として遭遇、今回(2001年〜は自称商品コラムニストとして多少の原稿料を稼がせてもらっている。前々回(1932から1951年)の前半には生まれているから、70有年デム3回、スーパー・サイクル局面に対面しているからだ。
白髪三千丈まではいかないが、世紀に一度はちと過大表現かもしれない。
東京繊維取引所日報の編集、発行で出発商品市況研究所が各商品取引所のデータデジタル化と経費削減のあおりで4月で店仕舞いした。22日、最後の社長安藤英子さんを励ます会が都内のホテルで開かれた。
コモディティ・スーパー・サイクル説にさからう日本の商品先物業界の極度の不振を象徴するかのような商品市況研究所の終えんである。
「見切り千両」と決断をたたえる人。「改めて日報で相場を見直し、市況解説記事を読みながら相場観を点検する有力な手だてが失くなり、残念」と語る人。
出席者の挨拶を聞きながら考えた。
日本の商品先物市場をここまで追いやったのはなんだろうか。日本人の投機心が干上がったせいではあるまい。FXからロコ・ロンドン、CDF…類似した仕組みの取引はあとからあとから出てくる。既存顧客を大事に育てることをおこたり、新規顧客への参入障壁がにわかに高まったことがある。
ヘッジ玉の流入。鉄鉱石の商談で日本はあっさりと鉄鋼石メジャーと長期契約を結んだ。最大の鉄鋼石ユーザーである中国は需給に見合ったスポット見合いの値引き幅を求め、スポット購入で抗戦する構えをみせている。どちらが市場主義なのだろうか。スポットをベースにすれば、その延長で先物市場が生まれてくる。
鉄スクラップ。中部大阪商品取引所の雄図むなしく、世界初の鉄スクラップ先物は消えた。バトンタッチする形で米国で鉄スクラップ先物市場が誕生する。
安藤さんの見切り千両をたたえたあいさつ。相場紙の雄として細々でも残ってほしかった。コモディティ・スーパー・サイクル説に立てば、見切り千両ではなく、底値を売ったのではあるまいか。
発行人が許す限り、わがコラムは書き続けるぞと心ひそかに考えた。
愚図の張り切りといわれようとも。
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「インドの収量不安、砂糖を3年来高値に押し上げ」(FT、25日付、商品欄見出し)。「砂糖相場は24日、インドのモンスーン(南西季節風の吹く雨期)の雨量不足が収量低下を招くとして3年振りの高値を付けた」
「投機買いと実需の手当て増予測から、ニューヨーク砂糖6月限は一時、1ポンド16.21セントと06年7月以来、3年振りの高値を付け、最も取引が活発な10月限(6月30日以降、指標限月)は17.39セントと一代の高値に進んだ。インドの気象当局は24日、モンスーンの雨量は長期的な平均の93%にとどまると予報、農産物アナリストはこの結果、収穫量が低下するとみている」
「インドは世界最大の砂糖消費国で、その収量次第で輸出国、輸入国の間を往来してきた。インドの生産は今年は去年の2630万トンから40%低下して、約1500万トンにとどまる。作柄に不適な天候と高価な肥料を節減した結果だ。ロンドンの砂糖商、ザーニコフのトビイ・コーヘン氏はアンドのモンスーン雨量不足というさらなる供給ショックに市場は耐えられまい』と述べている」ワトリング氏のスーパー・サイクルは死なずの第四の理由として、世界的な異常天候の恒常化を加えるべきかもしれない。
もっとも、砂糖農家の収入減は金、銀需要大国インドの貴金属消費の減少を呼び込むかもしれない。
東京穀物商品取引所の「地球の動きを読む」にふさわしい砂糖相場の動き。なんで取組高が増えないのだろう。 |