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「相場ほど面白い金儲けはない」
市場経済研究所 鍋島 高明
 経済人はモノを書かない。だから後の世の人がその足跡、言行録を探すのは容易ではない。しかし、例外はある。阪急の小林一三、鐘紡の武藤山治、政友会の惑星・小泉策太郎らは全集になるほどの文章を残している。中でも福沢諭吉の女婿福沢桃介は財界屈指の文業を成した。筆者の手元にある本だけみても「桃介夜話」「欧米株式活歴史」「桃介式」「桃介かくの如し」「無遠慮に申し上げ候」「貧富一新」「財界人物我観」「富の成功」「狸の腹つづみ」など、いずれも生前ベストセラーになり、没後には、版元を変えながら復刻版が相次ぎ、読み継がれている。愛読者層の広がりでは小林一三や武藤山治も遠く及ばない。まるで人気作家のようである。
 「金持ちになる工夫」という本は「丸之内人著」とあるので、だれかのペンネームだろうと思って奥付をみると、福沢桃介著とある。欧州大戦バブル景気華やかな大正6年に出版された。折から○○0成金、□□成金が雨後のたけのこのように続出し、国内外の「富豪伝」がよく読まれていた。
 歯に衣着せぬのが桃介流である。
 「ロックフェラーなり、カーネギーなり、わが日本にはいまだ見るを得ざる大成功者、大金持ちであるが、
彼等は実に、運を糠(ぬか)とし、悪策を黄粉としてできた牡丹餅のようなものである。…勤勉、努力、敏捷、正直、果断などという有徳の行動が実業界における成功の秘訣と心得ているかも知れぬが、それは虚妄である。一足飛びの成り上がり者として出世する秘訣はただ二つ。その一は投機で、その二は泥棒である」
 ある中小企業の社長がお大尽のような暮らしをしていた。桃介が調べてみると、石炭山を持っていて戦争が勃発、大儲けする。その儲けを会社の収益とせず、自分の懐に収めて知らんぷりを極め込んでいたのだ。また、抵当にとってあった株券が流れて処分する。その差額をごま化したり、その他、タチのよくない金が入る。「巧みに法律の綱をくぐり、もって首尾よく泥棒の行為をしていた。思えば、危ない橋を渡らねばならない訳で、すべて金儲けの道くらい険阻な途はない」と。
 桃介がすすめる金儲けの近道は投機である。今街頭では「億万長者への近道」をうたい文句に年末ジャンボ宝くじの大宣伝がやかましいが、桃介は見向きもしないだろう。なぜなら桃介にとって金儲けの一番面白い方法は相場だからだ。
 「予にとって、相場より以上に面白い金儲け法はない。なぜ相場が面白いか。その理由は簡単である。投機だからだ。吾人は変化、波瀾を好み、単調、平板をにくむ。吾人の生活に変化がないとしたならば、これほど不愉快なことはあるまい。相場は吾人が先天的に好愛する変化を最もよく金儲けに体現したものである。
 桃介には利子・配当は向こうから労せずやってくる金、──アブク銭であり、相場の儲けは血のショウベンの見返りに奪い取る男らしい金なのだ。アブク銭は、いつまでも身に着けておくのは潔くない。だからさっさと使ってしまうが、相場で儲けた金は一文たりとも無駄に使いたくない。桃介は仲間うちから「あんな大金持ちが、なんたる吝嗇漢」と鼻つまみにされようとも、所信は揺るがない。
 相場に勝利するには「運鈍根」が必須だという。これはかつて銅山王・古河市兵衛が揚げていた旗印だが、桃介も市兵衛に同調する。そして運は寝て待っていてやってくるものではない。歩く犬は棒に当たるが、寝ている犬は何にも当たらない。
 「経済界の大勢を見、人気の消長を考慮し、不断の研究を怠らずして、初めて運が来るのである」──一見奇を衒うような桃介の相場哲学だが、落ち着くところはごくごく当たり前の結論に至る。偉大なるかな、平凡。相場に勝つに奇才も奇策も奇略もいらない。凡々たる努力の積み重ねが幸運を招く、王道である。本間宗久の「三昧伝」も、牛田権三郎の「三猿金泉録」も秘伝といわれながらごくごく当たり前のことをいろいろの角度から説いているのと符号する。

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