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民主主義と市場主義
杉江 雅彦
「イタリアの改革の意思を、市場は信じようとしない」。イタリア国債10年物の利回りが市場で7%を超え、心ならずも首相の座から降りる意思を表明したベルルスコーニ前イタリア首相は、テレビでこう語ったそうだ。イタリアの新聞も「市場に首を取られた大富豪」という見出しで、独裁的振る舞いでイタリア政界に君臨してきたベルルスコーニ氏も、市場の力にはあらがえなかったと報じた。
それ以後の新聞論調、とくに欧州のそれは、民主主義と市場主義を対立的に捉え、性急に解を求める市場に対して手順を重視する民主主義がその要求に追いつけない、と嘆息しているように感じられる。
容赦なく上昇し続けるイタリア国債の利回りに追い詰められ、不本意ながら政権を明け渡さざるをえなくなったベルルスコーニ氏の胸中は察するに余りある。しかしユーロ圏の崩壊を食い止めようと躍起になっていたドイツ、フランスの両首脳は、1958年のEEC(欧州経済共同体)発足以来の同志であるイタリアがギリシャの二の舞になることは絶対に避けようと、ベルルスコーニ氏を呼びつけて詰め腹を切らせる役割を果たした。ドイツ、フランス両国にとっては、“ゆるふん”(規律が緩んだことをこう評する)のイタリアを許せなかったにちがいない。
余談になるが、かつて私がイタリアに在住していた間にドイツを旅行しようとした時、先輩達から「ドイツでは絶対にイタリア語を話すな」と忠告された。何故かと問うと、「軽く見られるから」だと言われた。そこでドイツではイタリア語を喋らないようにつとめた。どこだったかは忘れたが、ドイツで「貴方は外交官か」と尋ねられたことがあった。どうしてそう見えるのかと訝ると、英語とフランス語が達者だからだと言う。ドイツ語ができない私は、下手なフランス語を使うよう心掛けていたからだろう。
本題に戻ろう。ベルルスコーニ氏が首相の座を追われたのは、イタリア国債の利回りが7%を超えたのが決定打になったことはすでに書いた通りである。もっとも国債利回りが7%を超えたら財政運営が破綻するとはいわれているが、その理論的根拠はかならずしも明確ではない。しかも流通利回りが上昇すれば新規国債も高金利で発行しなければならず、国債費も増加するから財政に大打撃を与えることは間違いないところだ。
国債利回りが市場で上昇するのは、格付け会社による格付けの影響が強いのはいうまでもなく、スタンダード&プアーズはユーロ圏15ヵ国の国債格付けを引き下げる方向で見直すという。先に米国債の格下げがあったから、EU諸国債を一段階引き下げても結局は何も変わらない。
それにしても不可解なのは、CFTC(米商品先物取引委員会)が先物業者を対象に海外国債への投資を禁止したことである。もはや国債は無リスク資産では無くなったとはいえ、投資家の自己責任まで閉ざしてしまうやり方は、市場を重視する米国にはなじまない。それが民主主義なのだろうか。 |