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治安維持・避雷針・防波堤
市場経済研究所 鍋島 高明
 昔は米の現物を正米と呼んだ。正米の反対語が定期米、略して期米。米の先物のことである。生糸や綿糸の先物取引を“期糸”などと呼んだ記録はないし、株の先物を期株とも言わない。大正時代に発行された市場用語集などみると、「株式・期米・生糸」といった表現がされていて、定期取引は米の専有物の観を呈しているのは歴史の重みから来るのだろう。
 手元にある「誰でも儲かる期米相場の研究」(致富研究社編)は大正7年8月発行だから、歴史に名高い米騒動の最中に世に出た本である。「誰でも儲かる」とは大胆なタイトル、今日なら広告倫理規定でばっさり削られる禁句である。このようなタイトルがまかり通る点に大正という古き良き時代をうかがい知ることができる。「偉大なる明治」と「蛮勇に走る昭和」の谷間にあって、存在感に欠けるとされる大正だが、大正デモクラシー、大正ロマンなど味わい深い時代であったことを物語る。特に米相場は未曾有のにぎわいを演じた。編者は力みかえってみせる。
 「米はわれわれ日本人にとっては日用品として第1位に置かれるべきものである。その大切なる日用品たる米価の調節を計る点においては、実に期米相場は経済界の治安維持者である。社会における警察、雷雨に対する避雷針、波に対する防波堤のようなものである。かくの如きものを無闇に危険視して、のみならず博打と同一視するなどは、何ということであろう!」
 米価本位制といわれたほどすべての物価の基準にされた米の先物取引所はだれもが知る「米屋町」として殷賑を極めた。大正8年の主な取引所株の株価(年間高値、円)は次の通り。
 東株 487.6
 大株 466.9
 名株 220.0
 横浜 209.9
 京都 195.0
 神戸 230.0
 東米 339.5
 堂島 216.9
 三品 253.0
 大連  33.0
 上場10社のうち横浜は生糸と株、京都、神戸は米と株、大連は株、麻袋、綿糸布などが中心であった。東米は東京米穀商品取引所と称し、米が中心で綿糸、生糸、人絹糸などを上場していた。
 「相場というものは社会の経済状態が進歩すればするほど、必ずなくてはならないものである」と述べる前出の編者は、まだ言い足りないようである。
 「世の中には定期取引の行われていない商品が沢山ある。そういう商品の市価は必ずその高低、動揺のはなはだしいものである。それに反して定期取引の行われている物品は市価の高低差が比較的少ない。なぜなら、取引所というものがあって、定期売買を公然のもとに行い、日々の高低、動揺を一々明瞭に示し、簡単な仕組みで人々の思惑を公平に実行させているからだ」
 今日流にいえば、定期市場は透明性が高く、だれでも一定の担保を納めれば、門閥、経歴、信用度など一切関係なく公平、平等に扱ってくれる自由市場であるからだ。先人がこれだけ大きく見得を切っているのだから、平成の先物市場に生きる若者たちも胸を張って、先物という希代のシステムを売ってもらいたいものだ。

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