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カラ売り規制無用
市場経済研究所 鍋島 高明
 最近、金融、商品市場で世界的に「カラ売り」を規制する機運が高まっているのは困ったことである。株価下落の元凶は先物市場のカラ売りにあり、とみての措置が多いが、古来、暴落対策として、しばしば採られ、実効がないのは証明されているのに、性懲りもなく繰り返される愚策である。
 規制当局は犯人を先物市場に求める習性があって、昔相場師、今ヘッジファンドの動きを封じ込めて「市場の安定」を求めようとする癖がある。
 市場混乱の実相から目をそむけ、現象面にのみ目をやって、カラ売り規制や新規買いにもブレーキをかけようとする。カラ売りは近い将来の反騰要因であり、それを許さないのはみずから反騰の芽を摘むことでしかないのだ。
 カラ売りは昔、「ハタ売り」といった。古くは「把多」とか、「端」とも書いたが、「旗」が正しい。大阪朝日新聞の奥村千太郎記者がその由来を記している。
 「昔時、各藩の産米を積んで大阪へ入港する船には一見して、それぞと知られる旗印を掲げていたので、その旗を見ただけで、そら米が来た、と米を持たない連中までが、帳合米、その他をカラ売りしたのが源である。それがだんだんと高じて、米船入港の遅速について賭博が行われ、早く着いた船からは旗を出して知らすばかりか、中には海陸で申し合わせをし、ニセの旗まで出してごま化す者が現れ、厳重なる取り締まりとともに処罰された者もある」
 米を積んだ船の旗印はタテ90センチ、ヨコ50センチくらいで、藩によって異なり、百万石の加賀藩からの分だと黒地に梅鉢の定紋が白抜きにしてあり、大阪城へ貯えるお城米の搬走には日の丸の旗印が立ったそうだ。
 「旗」は賭博の対象にもされ、不運な歴史を背負っているが、先物市場のシンボルであり、先物市場にのみ許される取引形態である。自由な「カラ売り」と「カラ買い」が交錯して初めて公正な価格が形成される。
 改めていうが、相場の乱高下は、市場の警告そのものであり、政策当局はその警告に耳を傾けて、対応策を急がなければならない。それなのに、市場の警告を封じ込めるのに躍起になっているようでは、事態の改善を遅らせるばかりか、取り返しのつかない状態に陥ることなしとしない。
 前出の奥村記者は公会堂将軍・岩本栄之助が自殺する直前、北浜で出会い、岩本邸に誘われる。大正5年10月15日のことで、ピストル自殺を図る1週間前だ。岩本から「貴方は株の前途をどうみておられるか」と、日ごろなら奥村の方から聞くことを岩本からたずねられた。当時、株価は奔騰を続けており、岩本は売り方に立っていて、曲がり屋の筆頭にあげられていた。奥村は、「この相場はまだまだ高騰するでしょう。なぜなら人気の沸騰点となる熱狂振りを呈していませんから」と強気論を述べた。
 この時、岩本は「嗟嘆」(がっかりした)の表情を隠さなかったという。岩本ほどの大相場師でも、奥村の弱気論を期待していたのであろう。岩本の周りの連中は、親分大苦戦のさまを知っていて、「大将、もう相場は終わりですよ」などと、迎合的弱気を吐く者が多く、岩本は知らず知らず、深みにはまっていたのだった。
 「その秋を待たで散りゆく紅葉かな」─有名な辞世の句から95年。中之島公会堂とともに岩本栄之助の名は不滅である。惜しむらくは、相場は沸騰点に来れば、自律反転する、来ないうちは止まらないという相場の一丁目一番地を忘れ、周りの者たちへのへつらいの言葉に乗っかっていたことだ。
 くどいようだが、相場はいくところまでいけば、折り返す。規制は不要である。

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