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公正な価格形成(下)
福島 恒雄
(承前)
世界的な流れが商品市場の金融市場化に向き、わが国もこの商品市場の金融市場化に突き進んでいるように見えるが、これでいいのだろうか。特に、ここのところマスコミやネットで大きく取り上げられているHFT(ハイ・フリークエンシー・トレーディング)やらフラッシュ取引やらの超高速・高頻度取引のことを思うと、公正な価格形成、価格の発見という市場にとっての最大の使命が置き忘れられているような気がしてならず、特に金融市場ではない商品市場にとっては、HFTなどは安易に受入れるべきものではないと危惧を感じている。
私は古い人間であるから、超高速取引の実情や効用についての理解は全く的外れかもしれないことをはじめにお断りして、無知を承知で笑わば笑え、で以下のことを記しておきたい。
HFTは100分の3秒なり4秒なりで取引の発注、取消を繰り返す、いわば、チラ見せ・引っ込めと後出しジャンケンを超高速・高頻度で行うものだと考えている。先日、東証が超高速取引に相場かく乱の影響なしとして、「不公正取引は厳重に取り締まらないといけないが、印象でHFTを規制するのはテクノロジーの進歩を否定し、市場の活力を奪いかねない」と指摘したという。その理由として本年「8月9日の相場の乱高下時、HFTはどちらの局面でも同数量の売りと買いを発注しており、どちらか一方への偏りは見られなかった」とし、「これから推測すると、HFTは、価格形成に直接関与していない。相場には全く中立ということ」なのだそうである。HFTは100分の1秒を争って取引するので、時間単位の局面においてポジションの偏向が見られないのは当然で、これがHFTの中立性を実証していることにはならないし、価格変動率という意味でも、少々のサヤを高速で取っていくわけだから、どちらかというと媛衝材的な存在になるかもしれないが、だからといって、相場変動には中立的ということにはならない。さらに、この取引が公正なもので、この取引が入り込んで形成される価格が、真に公正な価格かと言えば、首を傾げざるを得ない。
HFTを実行できるのは、超高速・高頻度で演算処理ができるスーパーコンピューターを抱えるか、スーパーコンピューターを抱えるプロバイダーと高額な契約を結ぶことのできる者のみに限られる。後出しジャンケンだから勝つのは当たり前といえるし、抜くことのできるサヤは小さくとも塵も積もればで、結局は膨大な収益を計上することができる。演算能力の競争は、日々繰り返されており、その速さにより、計上できる収益は激変するわけで、演算能力の競争は「二番では駄目」なのであり、一番にならなければ意味をなさないことになり、常にバージョンアップのための法外な経費負担を強いられることにならざるを得ない。そして、そんな法外な経費を負担しなければ得ることのできない差別的、特権的な取引環境を「テクノロジーの進歩」の一言で容認し、優遇し、今後も率先、発展させることが取引所の果たすべき使命といえるか疑問だ。確かに、HFTが入れば、市場が活力あるものに見えることはいうまでもない。超高速・高頻度で取引されれば、出来高は増え、定率会費という取引所の収入は増える。株式会社となった取引所だから収益を追求するのは当然だ。だからといって、特権優遇された投資家のみがほくそ笑む市場で、果たして公正な価格が形成されるのか疑問で、取引所が取引所としての役割を果たしているといえるのだろうか。
最終決済局面が金銭である証券・金融市場ならいたしかたないかもしれないが、現物流通に直結する商品市場においては、出来高を追うあまり、HFTという差別的な環境の中での高速度スキャルピング取引を取り込むことは、公正な価格形成という取引所の大きな一つの機能、役割の放棄を意味するのではないか。HFTにより、個人投資家離れの加速も心配だが、取引所にとっての公正な価格形成、価格の発見とは何かということを改めて考え直す必要があると思っている。 |