|
わが国の商品ファンド(最終回)
国内市場への投資
福島 恒雄
ノンバンクのうち商社筋は、商品ファンドに取り組む上で商品取引業者を売り子として期待していたが、売り子の方の思惑が取次手数料収入であったわけで、商品ファンドに対する期待ということでは商社と商品取引員では完全に同床異夢の状態だったことになる。
当時、ある商社の担当者が「彼らに販売させるのは怖い」と言ったことがある。商品ファンドの販売が、実際は先物本体の勧誘ツールとして利用される現象が頻発し、商社としては、自らの看板にキズをつけられかねない状況になったからで、この段階で、販売の手足を切らざるを得なかった商社は、商品ファンドに対する熱意を急速に萎ませてしまった。販売単位規制の緩和、少額化、小口化は、リースにとっては主要顧客である法人投資家への販売を厳しいものとし、商社にとっては、売り子の消失という結果を招くことになった。バブル崩壊という時期も悪かったことは言うまでもないが、あの時期の小口化は、リースと商社の二大プレーヤーの熱を冷めさせるだけの結果になってしまったのである。
なぜ商品ファンド資金が国内商品市場に入ってこないのか、ということを当業界から問い質されたが、端的にいえば、商品ファンドの投資行動は専らCTAが担っており、日本国内市場をホームにするCTAがいないのであるから、自ずからそうならざるを得ない、ということだ。旧知の東工取の方からファンド資金の招致策について相談を受けた時には、@日本市場をホームとするCTAを育成することが本筋だがそれがままならないのであるなら、A市場流動性をより高めながら海外のCTAに対し取引情報を発信して興味を持たせるとともに、B積極的に海外に出向いて招致活動を展開するしかない、Cとはいえ、基本的には、その市場が投資対象としての妙味があるかないかということであり、言葉や取引手法の問題もさることながら、市場の流動性と投資チャンスの存否ということではないか。有体にいえば「儲かりまっか?」ということにつきる、と答えた記憶がある。
CTAの投資手法は千差万別だが、投資手法に関係なく、不可欠な要素とし「入りやすく出やすい」規模の市場流動性が必要で、出来高と取組高を増やせばCTAにアピールすることができる。実際、東穀取の小豆の出来高がアグリ物資では世界一の出来高を記録した時は、海外CTAがこぞって東穀に参入しようとしたことがあったのも事実で、このことを考えれば、流動性が高く、それなりの価格変動さえあれば、投資資金は、地球の裏側からでも儲けるチャンスがあると見れば自ずと集まってくるということであり、その意味でCTAも商品ファンド、一般投資家も同じである。当時、世界の投資家をひきつける魅力が日本市場にあったのだろうか。そして今、それがあるのだろうか。真剣に考えなければならないことと思う。
※ ※ ※ ※
この稿の当初、商品ファンドは閉鎖的な業界であった証券業界のセキュリタリゼーションに対抗してノンバンクが勢力を結集して導入されたものと書いた。いつの国会だったか、いまは故人となった宮沢喜一大臣が本会議場で、「商品ファンドは金融商品であり、物品流通に係る商品先物取引とは異なる」と答弁したことが思い出されるが、商品ファンドは当初から金融投資商品として成立し、商品先物取引本体とは次元の異なる集団投資スキームとして存在した。その後、証券業務が免許利から登録制となり、証券投資信託法も改正され、運用と組成方式が緩和、ついには金融商品取引法として集団投資スキームを含む金融投資関連業務が一つの法の下に一本化され、自由化されるに及び、商品ファンドの存在理由は消えたと考えている。商品ファンド協会、社団法人日本商品投資販売業協会が解散することに一抹の寂しさを感じないと言えば嘘になるが、時代は変わる、ものだ。
終わりは始まり。次は何が始まるのだろう。 |