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わが国の商品ファンド(7) 哀悼 三田昇二さん
福島 恒雄
会員加入と政省令というドタバタの1年間も、92年の3月政令、4月の省令公布、ファンド法の施行により一応の区切りを迎える。法律関係の業務が一段落という時期に、2週間に渡り商品ファンド調査のため米国を駆け回る米良さんにご一緒させていただいた。この時、知己を得た方々とは、今でもお付き合いをさせていただいている方も多く、諸氏から受けた影響は計り知れない。中でも、その後、訪米するたびに感謝してもしすぎることがないほどお世話になつたのがシカゴ・R・J・オブライエン社の三田昇二さんだ。
その三田さんが昨年10月、突然亡くなられた。三田さんと初めてお会いしたのは、米良さんに同行し、取材先のR・J・オプライエン社を訪問した時だった。同社にタクシーで向うと、同社のビルの外に立って私たちをお出迎えいただいた。そんなホスピクリティーに富んだ方だった。
オブライエン社に勤めることになったのも、オブライエン・ジュニアが同級だったことからとのこと。学生時代のある時、ボーリングゲームの対抗戦があり、三田さんとジュニアが同じチームで戦うことになった。ジュニアが足に障害のある人をメンバーに加えようとし、他のメンバーがそれに異を唱えた。その時ジュニアはこう言った。「私は(足に障害のある)彼と一緒に戦えることを誇りに思うし、ましてこの戦いに勝利したならその勝利は一層誇りあるものになるはずだ」。同社に勤めることになったのはこの言葉に感動し「信ずるに足る奴だ」と思ったからだったという。
明大法科大学院教授の河内隆史先生と同社を訪問した際、同社のIBが顧客と電話で話していた内容を、そのIBから資料を借りてきて私たちに説明してくれた。その資料は農地の衛星写真で、作物の種類と作付の場所と面積、そしてへッジのタイミングなど作付け全般の相談にのっていたところだったとのこと。三田さんとしては、米国の農業がハイテク化していることを説明したかったらしいが、農業と先物取引が密接にかかわり合っている、そんな教科書に載っているだけと思っていたビジネスが現実に稼働しているということに非常に驚ろかされたという記憶がある。
三田さんにとっては、何の得にもならない単なる団体職員である私に会う義理もなければ、迷惑千万だったはずだが、そんなことはおくびにも出さずに応対していただけることをいいことに、シカゴを訪れるたびにアポをとって押しかけ、ご迷惑をおかけし続けてきた。
最後にお会いしたのは、三田さんが米国の市民権を得て、米国のパスポートで来日された時。「市民権を取らなければ、私が死ぬと財産が国家没収になってしまう」という。シカゴの借りを返すべく、出来得る限りの接待すべきであり、するつもりだったのが、結局のところ人形町裏のすし屋と六本木のバーが私の限界だった。にもかかわらず、ロイヤルパークホテルのロビーで、別れ際に笑いながらこう言ってくれた。「借りを作ってしまいました。シカゴで返します」。 |