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商品ファンド(4)
福島 恒雄
商品ファンド協会の設立がなぜ通産省独自の動きから始まったかというと、「天下り」を念頭に考えるとわかりやすい。当時はまだ、○○しゃぶしゃぶだのMOF担だのという言葉は一般的ではなかったものの天下りに対する風当たりは相当強まっていた。そのような社会環境の中で、オリックスの宮内義彦氏の天下りに対する否定的な見方もあり、商品ファンドを主体的に扱っていた商社等ノンバンクが、協会を設立することに異論はないが、天下りの受け入れは断固拒否という姿勢を見せたことは当然と言えば当然だった。通産省がこれを首肯、是としたのか、受け入れざるを得なかったのかはわからないが、いずれにしろ天下り無き自主規制団体の設立に向けて90年12月に単独で動き出したことになる。
自主規制団体と書いたが、この当時、わが国において、すでに欧米で活発に活動しているSROの考え方を、官から民へ、規制緩和こそ発展の根幹という風潮に乗せて、自主規制団体がもてはやされた時期でもあった。業界が、自主的に業界内を規制し、秩序を保ちながら業界を発展させるために組織するのであるから規制主体の関与はできるかぎりない方がいい、ということになる。本来なら、商品ファンドの自主規制団体設立について、大蔵省と調整するなら農水省を味方につけた方がいいに決まっているのだが、業界団体イコール天下りポストという考え方が強い農水省と足並みを揃えることはできず、また、大蔵省も商品ファンド自体にはあれほど難色を示しているにもかかわらず、こと業界団体ということには天下りポストを巡って積極的にアプローチしてきたこともあったようだ。このようなことから、リース、商社等の意思をくみ取った形で天下り無き協会を設立するには、通産省は単独で動かざるを得なかったということができる。
協会設立準備委員会は3月までに7回の会合を持つことになるが、この間、1月には農水省がファンド法案検討対策室を設置、2月には大蔵省と通産省が法案内容について合意形成などを経て、4月24日、国会で商品投資に係る事業の規制に関する法律、いわゆる商品ファンド法が成立した。その翌日25日、日本商品ファンド業協会が創立されたが、社団法人ではなく任意団体として設立されたが、これも上記の理由で主務省の足並みが揃うことがなかったことからだろうというのは、勘ぐりが過ぎるとは思っていない。
三井物産会議室において開催された創立総会に出席した設立発起人は9社。手許に資料がないので不確かではあるが、オリックス、住商リース、日本リース、三菱商事、三井物産、日商岩井、伊藤忠、オリエントコーポレーション、日本信販だったと記憶している。
そして、同年5月1日、港区の虎の門第一法規ビル5階に6人のスタッフによる事務局が開かれることになる。オリックスより村上良明さん(常務理事・事務局長)と山下智之さん(総務課長)、三菱商事より島本祥三さん(総務部長)、三井物産より中居篤さん(企画調査部長)、住商リースより小川由路さん(業務部長)、日商岩井より横井和彦さん(業務課長)、そして私(企画調査課長)の6名である。中居さんと島本さんはすでに鬼籍にはいられた。村上さんは、オリックス退任後現在悠々自適の生活、小川さんは住商リ−スを辞められて趣味を生かして小田急線生田駅前で生田碁楽室という碁会所を運営している。山下さんはオリックスを辞められ、現在はソフトバンク系のファイナンス会社に勤務されており、横井さんは岡安商事でFXを担当されている。同事務局開設後、関連会社以外の最初の訪問者は、商品取引業界の飛び込み営業だった。
【訂 正】
1064号の見出し「取引所理事長のつぶやき」は「取引所社長のつぶやき」の誤りです。お詫びして訂正いたします。 |