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自己責任を喪失させるもの
沼野 龍男
 今年の6月に改正貸金業法が施行される。すでに自主規制も進み、会員数は3分の1に減少し、貸付残高は44%(約3.6兆円)減り、従業員数も2分の1以下に減っている。過剰貸付を防止するのが法律の主旨だが、過剰貸付しようにも貸金業者がいなくなってしまった。良くも悪しくも、雨降りに傘を借りたい人に貸してくれる身近な金融業者の存在を否定したことになる。角を矯めて牛を殺した。
 さて、本年3月、貴金属取引を中心に業界最大手の取引員が、昨年の監査をもとに5営業日にわたる行政処分を受けた。同社は業界でもいち早く先物取引を知的情報サービス業と位置付け、各種情報の公開サービスと相場説明会や取引の勉強会を全国各地で催して、先物取引の表裏を啓蒙してきたことでも知られている。また業績評価システムに顧客利益と相反しがちな、いわゆる「純増主義」を採用してこなかった取引員の1社でもある。
 そもそも会社ぐるみで、不当勧誘や不誠実受託行為をする体質でないことが明らかであろう。
 セミナーに何度も足を運ばれた客に対して、仮に説明不足があったとするなら、それは検査過程で指摘し、指導すれば済むことではないか。もともと合目的的な受託活動を指向する取引員であれば、業界のリーダーに向けて育成指導するのが役所の本意ではないだろうか。多数の検査官を長期間派遣して、重箱の隅をつっついて狙上に乗せるが如きは昔の地頭や代官を彷彿させる。
 戦後、自由主義社会の仲間入りをして早や60数年が経過した。封建、専制政治に反対して、経済上では企業の自由を始めとして、すべての経済活動に対する国家の干渉を排し、政治上は政府の交替を含む自由な議会制度を主張し、個人の思想、言論、信教の自由を擁護するもの、それが自由主義である。
 国際社会はもとより、地域社会やより小さな集団にあっても、自由主義を追求する対極には「自己責任原則」が存在する。また人間社会には先天的、後天的に精神的、肉体的、環境的に他者や国家の支援、補助を必要とされる人々が存在する。そのような人々は社会的弱者として自己責任原則のすべてを問えない場合がある。
 重主義のいまひとつの約束が、このような弱者に対する支援義務である。真に擁護されねばならない弱者が往々にして放置され、自己責任をとれる人々を徒に過保護にし、行政依存症(ダメ元で兎に角苦情を言ってみよう)にしている。これは企業活動に対する過干渉や過剰規制と相俟って御上重用思想復活以外の何者でもない。付和雷同型人間を作る愚民政策ではないか。
 文部科学省に問いたい。義務教育のなかで、「自己責任原則」をいかに位置づけ、いかに指導教育しているかと。諸悪の根源はすべてここに帰すると考えるがいかがか。

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