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投機は合理的な経済行為である
杉江 雅彦
4月6日付日本経済新聞夕刊に、世界の商品取引所別2009年の売買高ランキングが載せられた。その記事の見出しをみてびっくりした。曰く、「中国勢、NYを抜き1、2位─個人投資家売買膨らむ」
内容を読むと、確かに上海、大連の両先物取引所がそれぞれ1、2位。また4位には中国鄭州商品取引所が登場する。前年は首位だったNYMEX(ニューヨーク・マーカンタイル取引所)は3位に、CBOT(シカゴ商品取引所)は7位に後退した。
このランキングは売買高すなわち枚数で集計したものだから、取引単位の小さい中国の商品取引所が目立つのは当然かも知れないが、それにしても伸び率が凄い。中国ではまだ外国マネーの先物市場参入をきびしく規制しているから、取引の大部分は中国国内の個人であるにちがいない。
個人にはほとんどヘッジニーズは存在しないと思われるから、もっぱら投機目的で売買しているとみてよかろう。このことは商品だけでなく、株式にも当てはまるようで、上海と大連で筆者も証券取引所や証券会社を訪問したことがあるが、大勢の個人投資家が押しかけて、喧騒この上なかったことを思い出す。
かつて古代から、中国には儒教思想が浸透して、そこでは投機行為は忌避されていたのではなかったか。それが第二次世界大戦後の社会主義体制の中で、いわゆる“批孔批林”政策によって一変してしまったらしい。とくにケ小平以降の開放政策の推進により、「投機好き」は中国人の国民性とさえ言われるようになった。これからも、中国の先物市場はさらに拡大していくのは不可避であろう。
儒教思想といえば、わが国にも到来し、とくに江戸時代には主に武士階級を縛る倫理綱領となった。そんな中で、大阪堂島に米の先物市場が公認されたのは、八代将軍吉宗の英断であった。ところが、堂島と川をはさんで存在していた儒学塾「懐徳堂」の有力儒学者たちが、米の先物取引は投機であり、「無い物を売買するのは賭博に等しい」という論法で、口を極めて攻撃した。
もちろん、米の先物市場はその後も廃されることなく、明治以降も存続して現在の商品先物市場へとつながった。しかし、儒学者たちが主張した儒学的倫理観に基づく先物市場批判のDNAは、その後、歴代の行政官庁に引き継がれたように思えてならない。個人投資家を市場から排除したがっているとしか考えられない、数々の規制強化がその何よりの証拠である。
「投機は合理的な経済行動の一種である」という、単純明快な論理を確立しない限り、日本の商品先物市場に将来は無い。 |