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ギャンブル
福島 恒雄
もともと私には博才がない。競馬は当たったことがなく、最近ではテレビや新聞の情報を見る気もしない。韓国でやったルーレットでは5万円がほんの5分間で露と消え、ベガスで、ちつたぁ間を持たせるべえと臨んだスロットでも30分で損失の許容範囲を超えた。就職部掲示板の求人票を見て応募し、就職試験に通ったことから、知人はおらず、何も知らずにこの業界に入ってきたそんな私にとって、取引所、取引員、団体を問わずこの業界の人たちのギヤンブル好き、そしてその強さには驚かされたものだ。
「全協連」といっても今ではお分かりになる方が少なくなつてしまった全国商品取引員協会連合会というところがはじめての職場だったのだが、その職場で、ギャンブルと商品相場を含む投機とは根本的に異なる、ということをマックスウェーバーやらケインズやらを引き合いに教え込まれもした。倉八正著「商品取引所要論」が指摘するところの「投機売買が行われるのは何も取引所に限ったわけではなく、資本主義経済組織下における企業は好むと好まざるとにかかわらず大なり小なりの投機売買を行わざるを得ない。…これに反して賭博は偶然の事実を手段として、金銭上の利得とスリルを楽しむ、非生産的、怠惰的行為」というところだ。
この論旨を基本にして、外務員研修の教科書や取引員のパンフレット等も「商品取引は経済に有益な経済行為であって、ギャンブルではない」ということが詳述されていて、このことは今も変わっていないのではないだろうか。全協連当時「取引員の行う広告の審査を担当していた私も「かく書かれるべき」と修正、指導していたのだから、いまさら何をいうかとお叱りを被るかもしれないが、そのころから正直なところ「商品投機とギャンブルを一緒にして何が悪いのだろう」と思い続けている。
博打というと、裏社会的、反社会的行為のように思う向きもあろうし、業界イメージによい影響はないということを慮った結果なのか、倉八氏のいうあくまで国民経済に資する経済行為であることに当業界の存在意義があるとの認識からなのか、とにかく商品投機はギャンブルとは違う、とうことを当業界はことさら強調してきたように思われ、テレコールを中心とする営業活動においても商品相場を高度な経済行為の「資産運用」であるとし、投機であり、ハイリスク・ハイリターンであることはベールを覆い、ギャンブルのスリル、楽しみ方を熟知しているにも関わらず、ギャンブルとは違う!と言い張ってきたのではないのか。
ここのところの業界の惨状を招いた原因の一つに、どうもこの「商品取引はギャンブルとは違う!」と心にもないことを言い張ってきたことがあるような気がしてならない。 |