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「原点」とは何か 経済活動にあわせ、修正を
岡本 匡房
「原点に帰れ」──物事が紛糾すると、よく、この言葉が飛び出す。だが、商品先物取引における原点とは一体、何なのだろうか。
商品先物取引は1531年、ベルギーのアントワープで始まったというのが定説である。当時、この地方は東南アジアなどからの物産の集積地だったが、その輸送に時間がかかった。その間の価格変動による招をへッジするために生まれたという。
日本は1730年(享保15年)、徳川吉宗の命で大岡越前守忠相が大阪・堂島のコメ市場を開設したのが最初という(実際はその前から密かに行われていた)。これもコメの価格変動リスクを回避するのが目的だったが、そこで形成された価格は旗信号で日本中に伝えられた。ここにおいて、商品先物取引には新たに「指標価格」という役割が生まれた。
米国のCBOT(シカゴ商品取引所)。ここは元々、米国中西部の穀倉地帯でできる農産物の価格変動リスクの回避を目的としていた。だが、ここでも堂島同様、形成された価格が指標価格としても大きな役割を演じるようになった。
その端的な例が1980年1月4日、ジミー・カーター大統領がソ連のアフガニスタン侵攻に対し穀物輸出を禁止したのを受け、CBOTが4、5の両日、取引を停止した時に起こった。
この時、米国は指標価格がなくなり、あらゆる穀物取引がストップしてしまった。いわば、ヘッジより指標価格としての役割の方が大きくなっていたわけだ。
現在、NYMEXに上場されている原油WTIも産出量は米国全体の5%程度といわれ、今ではヘッジより指標価格の色彩の方が濃くなっている。金も粗糖も同様だ。
しかも、近年、資産運用の場としての役割も大きくなっている。マネージド・フューチャーズをはじめとした投機資金が相場を動かしていることは今や常識といえる。
ここで、必要なことは「原点」とは一体何なのかとうことだ。単に「リスクヘッジの場」として捉えるのか、「指標価格の形成の場」として捉えるのか、「資産運用の場」として捉えるのかで、商品先物取引のあり方は大きく変わってくる。
もちろん、それらを総合したものが商品先物取引の役割といえば、それまでだが、どこに重点を置くかで、商品先物取引のあり方は大きく変わってくる。
これは商品先物取引が「金融商品かどうか」という問題にも関わってくる。資産運用に資する金融商品とすれば金融庁の管轄だし、指標価格、リスクヘッジの場なら経産、農水の管轄になろう。
「原点」を探すことも大切だが、経済が生き物である以上、既存の常識を離れ「商品先物取引が経済活動にどう資するか」を問うことがいま、一番求められるのではないだろうか。 |