前号へ  次号へ               


オールドファンは寂しい
先物実践家 山崎 時夫
ついに生糸が上場廃止になる、という。
 取組高ゼロでは手を出したくても出せない。受けてくれるところもないから、2年ほど前から己のパソコンデータから外していた。「やっぱりか…」と思いながらも、一抹の寂しさを感じた。
 還暦を過ぎた我々世代は華やかしき頃の繭糸市場に全精力を注ぎこんだものだ。仕手戦渦巻くなかで、時には証拠金を5倍に膨らませたこともあり、得意銘柄のひとつとして大胆な戦術展開で足を出す悲惨な経験もした。それでもいつかは取り戻せるとの自信(うぬぼれ)があった。結局は、平成始めごろの生糸相場で270万円の証拠金を2000円残して終わったのが最後になった。「得手で負けた」といまでも思っている。
 いま思うに、日本の商品先物市場の発展は日本経済の盛衰と同じ道筋を辿っているようだ。戦後再開された上場商品の第一号は繊維〈昭和25年設立の大阪化学繊維取引所に人絹糸・スフ糸上場)であった。翌年には日本各地(福井・名古屋・東京・横浜・豊橋・大阪)に繊維、生糸、乾繭の繊維市場が生まれた。戦後日本の経済復興を担ったのはガチャマン景気といわれた繊維産業であったことを覚えておられるだろう。人絹糸は製造メーカーが23社になったことで一足先に上場廃止になったが、いまインテリア関係(室内装飾や自動車のシートなど)で人絹糸の人気は高いという。
 生糸はいうまでもなく日本の代表的な輸出産業のとつであった。日本古来の伝統文化とあいまって成長し、発展してきたが、日本人の着物離れなどから需要が低迷して製糸会社のことごとくが廃退してしまった。ひと昔前には、中小の製糸会社は取引所を売却先に受渡し品(27中デニール)を生産していたが、その人たちもいまはいない。高級生糸はいま中国が世界一の技術を誇っている、という。かつて日本が経済復興を果たしたように、いまそのシェアーは新興国として成長著しい中国に奪われている。恐るべし中国だ。
 さて、出来高低迷に喘ぐ日本の商品先物市場、ここにきて上場商品の見直しが相次いでいる。スクラップ&ビルドで新たな需要を掘り起こすことは大いに結構だが、新しい商品がひとつとして成功しないところに先行きの不安がある。既存商品のミニ化転換では根本解決にはならない。いまの外務員は行為規制の備えから馴染みのない商品には目もくれない、銘柄乗り換えが上手ではなくなったといわれる。いまなら「金」に執着するあまり、他市場に目が行かないということになる。大衆〈個人投資家)がその市場に目を向ける情報発信が先ではないかと思う。
(週刊 先物ジャーナル 09年9月14日 1005号 掲載)

inserted by FC2 system