|
ファンド規制は善か 角を矯めて牛を殺すな
市場経済研究所社長 岡本 匡房
世界でファンドの規制への動きが活発化している。「価格変動の元凶」として、それを規制しようというものだが、これで本当に「公正な価格形成」は出来るのだろうか。流動性が低下、「角を矯めて牛を殺す」恐れは多分にある。
1973年、画期的な出来事が起こった。ニューヨークマーカンタイル取引所(NYMEX)が原油を上場、石油の先物取引が始まったのである。
石油はそれまでもっぱら生産者が価格を牛耳っていた。かつてはロックフェラーのスタンダード石油が独占、価格を自由につり上げロックフェラー一族に巨額の富をもたらした。
その弊害をみて、米国政府は独禁法により、スタンダード石油を解体したが、7つの大石油メーカーが勃興、価格を決める状況になった。この7大石油メーカーは「メジャー」とも「セブンシスターズ」などともいわれ、世界の石油を支配した。
その後、OPEC(石油輸出国機構)が台頭、価格決定権はOPECに移ったが、ここでも「生産者の最大利潤を目指す」原則が貫徹された。
それを打破したのがNYMEXだった。ここでは供給者にも需要家にも偏しない価格が形成された。時に行き過ぎはあったにしろ、これ以上に公正な価格形成を行える機関がないというのが実態であろう。
だが、「投機は悪」という前提で、ファンド規制を行おうとしている。内容は固まっていないが「ファンドの枚数制限」「手口の公開」「名前の公表」などが主なものといる。その結果、投機資金の流入がなくなれば「価格形成機能」が失われる。その時、誰が得をするか、少なくとも消費者であることはあり得まい。
実は日本は既にそこまで来ている。石油も、金も、ゴムも穀物もコーヒーも流動性の枯渇に悩まされている。それが、行き着き、商品先物取引の機能が失われた時、一体、だれが得をするのだろうか。
「消費者優先の経済」がいわれ、消費者庁が発足した。だが、ここで論議すべきは「消費者保護」に名を借りた投機規制であってはならない。もちろん、いわゆる「客殺し」は論外だが、正常な投機とそれに基づいた公正な価格形成こそ、消費者庁の仕事ではないだろ
うか。
いま、日本の商品先物取引では流動性の低下はほとんど正視できないところまで来ている。このままでは商品先物取引は存続できない恐れもある。米国のファンド規制が、同じ轍を踏んだ時、世界経済は「管理経済」に陥る。
そこでは官僚による経済支配が跋扈、非能率が蔓延、経済がどうにもならない袋小路に追い込まれかねない。そうなれば戦争中の統制経済にも似た「いつか来た道」になる。それだけは許してはならない。 |