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場違い筋
福島 恒堆
「場違い筋」という言葉をご存知だろうか。社団法人全国商品取引所連合会発行の商品先物取引用語集は、「その取引所の会員・商品取引員その他地場の常連の取引者以外の所謂『よそ者』のこと。また、取引所の上場商品の流通・加工等の関連業者。つまり『当業筋』『実需筋』などとよばれる者以外の者をいう」と説明しているが、ここで「会員・商品取外員」は、商品取引所法に当業者主義が色濃く残っていた時代のことで、あくまで当業者である会員と商品取引員を指すものと考えるべきで、二番目のフレーズが本来的な意味と考えていい。当業筋、つまり、当該商品を取扱い、その価格変動という荒波に全身を委ねながらそのリスクを回避、管理するために取引する者以外の者が「場違い筋」ということになる。
日経商品部OBの方々にお聞きすると、よく大手取引員オーナーに「なぜ俺のところに取材にこない。たまには顔を出せ」といわれたときは、「場違い筋には」と啖呵をきっていたそうだから、当時の常識として、受託業務専業の商品取引員も「場違い筋」だったのだろう。
この場違いの「場」とは市場のことであり、取引所の立会場そのものである一方、その立会場で成立している取引自体が当業筋のものであり、市況は実需により作り出されるものという共通基本認識が根底にあったはずだ。つまり、取引所が開設している市場は、実物流通があってこそ成立していることを、この「場違い筋」という言葉は物語っているのではないだろうか。ずいぶん前の話になるが、商品ファンドの調査で本紙の米良さんと米国行脚をしたことがあるが、シカゴ所在のCPO「ショー」を訪ね、その美人社長の口から「先物、先物といたつて、結局は現物に収斂するものなのよ」という意見が飛び出したとき、一種の感動を覚えた記憶がある。
それぞれの商品にはそれぞれの商慣習があり、それが商品市場の独自性を生む源泉である。投資家のプロアマ論議があるが、プロだろうがアマだろうが、場違い筋に市場の規模と秩序を掻き回されていいはずがない。先物市場は現物市場あってこその市場なのである。
最先端科学などと盲目約に信奉されてきた金融工学のなれの果てが今回の米国の金融危機だ。では、当業界のこの空虚で白けた状況は何からきているのだろうか。「場違い筋」という言葉を、もう一度かみしめてみたい。 |